ヘッジファンドの投資手法(株式ロングショート)
ヘッジファンドの投資手法には様々ありますが、その代表的、伝統的な手法が株式のロング(買い)ショート(空売り)です。
ここでは、伝統的なヘッジファンドの投資手法である株式ロングショートの投資手法と、様々なロングショートの手法を説明します。これは、ヘッジファンドの資金運用方法の基礎になるものですので、一応理解しておくとよいと思います。
株式ロングショート戦略
株式ロングショートは、まさにヘッジファンドの原点といえる投資手法です。
株式の運用は、経済全体の拡大や個々の企業業績次第で株価の上昇が期待できます。しかし、同時に、様々な理由によって市場が下落する時には損失も拡大してしまいます。
このリスクを回避する手法を考え出したのが、アルフレッド・ウィンスロー・ジョーンズという社会学の博士だといわれています。
その方法とは、株式の買い(ロング)と空売り(ショート)を組み合わせるという手法です。市場が下落した際には買いのポジションは損が出るが、空売りのポジションは益が出て、損失から逃れるというものです。
このような投資資金が「守られた」状態を「ヘッジ」といい、このような手法を活用したファンドが「ヘッジファンド」といわれているものです。
空売りとは、何らかの制限や戦略の理由で株式を売れない投資家からその株を一時的に借りてきて、市場に売ることを言います。このように持っていない株券を売るので「空売り」といいますが、英語で何かを「手元に持っていない」ことを「ショートしている」といいます。
ロング(買い)の銘柄が10%下落しても、ショート(空売り)の銘柄が同じく10%下落するようであれば、この組み合わせは完全にヘッジされているといえます。ただ、このようなファンドは成り立つわけがありません。なぜならロングが30%上昇しても、ショートも同じく30%上昇してしまったら、せっかくロングで稼いだ収益が、ショートの損失で相殺されてしまうからです。
しかし、実際は株式市場全体が上昇しても、個別銘柄の株式は全部同じ比率で上昇するわけではありません。上昇するときにはどこかの産業セクターや個別企業が全体を引っ張っていくという一般的傾向があるのです。
かたや、全体が下落基調でも、打たれ強いセクターや企業もあります。このように銘柄の強弱は基本的にその企業の業績に基づいています。
では、このように企業業績の基本(ファンダメンタルズ)に基づいて強い企業を買って、逆に弱い企業を売れば、株式市場全体が上昇しようが下落しようが、その組み合わせのポジションは儲かる可能性が高まるということになるのです。
このように、株式ロングショートをその戦略とするヘッジファンドマネジャーは、株式市場全体の方向性を予想するのではなく、包括的かつ詳細な企業業績分析をもとに今後の企業の相対的な強弱を発掘して株式のロングとショートの組み合わせに投資するのです。
これには厳格な企業業績の分析が不可欠です。企業が開示する財務諸表の分析や企業のIR(投資家リレーションズ)担当と面談することにとどまらず、できるだけ多くの関係者(経営陣、社員、納入元、販売先、等)と接点を持つことも重要です。
例えば、会社から発表される数字や実態は、その会社の店頭を訪問したときに感じ取れる社員や顧客の行動、様子と一致しているのか?実は、現場の声が企業の本部まで届いていないというケースは、それほど珍しいことではありません。
このように、より優れた情報を足で稼ぐことが、最良な株式ロングショート戦略のヘッジファンドには、重要な点になります。このような厳格な企業分析が、実は損を回避するための最も重要な「ヘッジ」の一つとなるわけです。
ヘッジファンドがロングショートを使うわけ
株式ロングショートのもう一つの大事な特徴は、多様性です。
これから紹介する様々なヘッジファンド戦略の中でも、最もヘッジファンドの数が多く、そして投資スタイルの細かな区分の多いのが株式ロングショートです。
株式市場というと、一つのマクロ的領域にしか見えない人は少なくないでしょう。しかし、その株式市場の中では、多数の個別銘柄が企業業績によって様々な動きをします。
したがって、全体の流れが悪いように(下落基調)見えても、勝者が必ずどこかに存在するのです。これが株式ロングショートの大きな特徴です。
そういう意味では、定量的な「モデル」というより、マネジャーの主観的「スキル」や「センス」がパフォーマンスを大きく左右すると言えるでしょう。
このように基本的にどのような投資環境でも、誰かが必ず儲けている株式ロングショートは決して外すことができないヘッジファンド戦略なのです。
ボトム・アップによるヘッジファンド運用
株式ロングショートのポートフォリオを組み立てるときには、おおまかに2つの考え方があります。
伝統的な株式ロングショートでは、買う株式と売る株式を業績に応じながら一つずつ選び、全体のポートフォリオを組み立てていきますが、これを「ボトム・アップ」といいます。
言い換えれば、個別株式のの集合が全体(ファンド)を形作っているということです。
この投資戦略のもとでは、売りたい銘柄が少ないような投資環境では、買いの銘柄のほうが比較的多くなるので、全体のポートフォリオは、買い(ロング)に偏ります。
例えば投資金額100%に対して、90%分を買い、40%分を空売りした場合は、差額の50%の買い越しになります。この場合は、おおまかに全額100%を買い入れた場合の半分の市場方向性のリスクを取っているという単純計算になります。
この100%の投資金額に対して、90%分の買いで、40%分の空売りでは、レバレッジをかけていることになります。この場合は投資金額に対して30%を余分に借りたレバレッジをかけていることになります。
一方、買いたい銘柄が少ないような投資環境では、売りたい銘柄のほうが比較的多くなるので、ポートフォリオのロング(買い)の偏りが減ります。
例えば投資金額の60%分の買い、50%分を空売りすれば、ポートフォリオは10%の買い超しになります。
場合によっては、売り越し(空売りのほうが買いより増える)の場合もありますが、そのときは必ずといってもいいほど、レバッレジはかけない状態で100%以下です。これは、例えば、買いが30%、空売りが50%で売り越しが20%になるような場合です。
なぜそうなるかと言えば、ショートの場合は、リスクとリターンが悪い不均衡になるからです。したがって、あえてここでレバレッジをかけてリスクを拡大しないことが賢明な運用というわけです。
このように伝統的株式ロングショート戦略では、買い(ロング)はもちろんのこと、空売り(ショート)も収益源であるべきと考えます。
つまり、空売りは単に買いのヘッジという考えではないということです。収益機会に応じてかなり機動的なポートフォリオ配分を行なうのがこのタイプのヘッジファンドです。
ペア・トレーディングによるヘッジファンド運用
株式ロングショートのもう一つの考え方はペア・トレーディングです。
この投資方法は、企業業績をもとに株式の買いと売りを選別するという意味では同じですが、違いはポートフォリオの構築の仕方にあります。
この手法では一つずつの個別銘柄の買いと空売りはそれぞれ絶対的な収益源とは考えず、あくまでも別の銘柄との相対的な期待収益に限定しています。
まさにペアの問の価格的なゆがみを収益源とする戦略ですので、買い側と空売り側のポジションは基本的に均衡しています。
したがって、ペア・トレーディングのほとんどの場合は同業者、あるいはビジネスチェーンで関連する産業セクター間のロング、ショートの組み合わせです。
例えば、自動車産業であれば、類似のマクロ要因に影響されるので、この同じ自動車セクター内、あるいは下流の製造業者との買いと売りを組み合わせれば、その業界に影響する為替などマクロ要因のリスクを排除できると考えるのです。
ですから、そういう意味では、ペア・トレーディングでは、ロングとショートが独立した収益源と考えるのではなく、お互いが車の両輪のように、お互いの「ヘッジ」と考えるのです。
伝統的株式ロングショートと比べて、ペア・トレーディングのほうが個別銘柄問の価格傾向の統計的分析を重視する向きがあります。
たとえば、「銘柄A(1,000円)と銘柄B(600円)の現在の差額(400円)が、過去の平均値(100円)と比べて、大幅に価格乖離している。」と判断した場合は、Bをロング、Aをショートします。
この場合、もし、差額が平均値に戻ったとしたら、AとBの株価が上昇しようと下落しようと300円の収益が上がります。
このように、現在の市場で、2つの銘柄の価格の問にある乖離が平均的な水準に収束するという前提に立った戦略がペア・トレーディングといわれるものです。
わかりやすい手法ではありますが、リスクもあります。「過去」の例ではこの広がった乖離が収束したかもしれませんが、どちらかの銘柄で、根本的な理論的枠組みに何か変化が起こった場合は、収束どころか過去の銘柄間の価格水準がいっそう分岐してしまい、投資資金は致命的な打撃を受けてしまう可能性があるからです。
スタット・アーブ(統計的裁定取引)による運用
ペア・トレーディングの投資プロセスをシステム化して拡張したものが「スタット・アーブ(統計的裁定取引)」です。
「裁定取引」とは辞書的にいうと、リスクなしで儲けられる、ということですが、お金を損する可能性がなくて、儲かる可能しかないなどということがこの世に存在するのでしょうか?
例えば、こんな実例が過去にありました。江戸時代の日本では金1つが5つの銀で買えたのですが、ヨーロッパでは金は15個の銀が必要。そこに目を付けたヨーロッパ商人たちは、銀を日本に持ち込み、日本の市場で金を安く買って、ヨーロッパに持ち帰り、3倍高い値で金を売りました。
同じ商品、「金」を、日本とヨーロッパという異なる市場の間の価格の違いで、少ない額の銀を投資して、大きい額の銀が戻ってきたことになります。
このようにお金を失う可能性が低く、ごく確実に儲けることができるということです。
もちろん、実際には運送という取引コストもありますし、海上での難破や盗難の危険性もあるので完全にリスクがない裁定取引ではありません。しかし、本質的な特徴として、これが同類の商品が二つの市場の差額で取引される際に生じる裁定チャンスです。
ただ、現在のように情報の障壁が少ない状況では、このような単純な裁定チャンスはすぐに市場参加者らに目を付けられ閉じてしまいます。これが「効率的な市場」の一つの定義です。裁定チャンスがないということです。
裏を返すと、裁定取引という収益チャンスがあるのは、「非効率的な市場」なのです。
スタット・アーブのもう1つの投資方法
もう一つの裁定取引パターンは同じ市場で似たもの同士が取引されているのに、何らかの理由で通常よりその価格の差額が開いているときです。
例えば、過去の平均で銘柄Aの値段が150円、銘柄Bの値段が50円で、差額が100円だとします。ところが銘柄Aが100円まで下落する一方、銘柄Bが90円まで上昇すると差額が10円になります。
もし、これが一時的な現象であると読めば、銘柄Bを空売りして、銘柄A
を買います。その後、銘柄Aと銘柄Bが以前の株価に近づけば、値段の差額も平均値に戻って、90円の儲けとなるのです。
ただ、この現象は株価の動きが一時的なものでな買った場合では、銘柄Aと銘柄Bの値段が逆転すれば、この「裁定取引」では損失を負ってしまいます。
ここでのポイントは、銘柄Bと銘柄Aの値段の差額が収益源であって、銘柄Bと銘柄Aの値段の上下そのものではありません。値段が上がっても下がっても、その差額さえ平均値に戻れば収益を上げることができる。
そのため、こうした取引方法は、市場中立型の裁定取引と呼ばれています。
実践では、もちろんこの例のような単純な平均値ではなく、様々な統計的モデルを駆使し、多数の上場株式の間の相対的な価格の乖離をコンピュータ・プログラムで常時、自動的に振るい落としにかけています。
そして、ある銘柄の相対的価格の乖離が何らかの原因で統計的に限度以上に広がった場合は、見逃さず割安な銘柄をロング、割高な銘柄はショートします。その後その相対的価格が平均値に収束したら、そのポジションの反対売買によって、利益を確保するのです。
株式スタット・アーブの基本的な儲けの柱は株式の市場価格のデータであり、その企業の業績分析等から生じる企業価値の投資判断は基本的に行ないません。
ただし、忘れてならないのは、いくら正確に統計的な結論をモデルによってはじき出した者だとしても、所詮過去は過去のものだということです。したがって、教科書のような「リスクがない」裁定は存在しません。統計だけの投資は、バックミラーだけを見ながら運転しているのと同じなので、実は長時問のドライブには向いていません。
このようなリスクを軽減するために、人為的判断が入らないコンピュータモデルとシステム化された自動取引で、多数の株式の組み合わせを素早く発掘し、素早く投資して、素早く利食うというスタイルがスタット・アーブの典型的タイプだと言えるでしょう。